2012年05月18日

自分の部屋で\(^○^)/

今日から自室でネットサーフィンが出来るように(^^)V。
今まではリビングまで机を持ち込んででしか
できなかったんだけど、ケーブルテレビ品川の
サービス担当の方が手続きをしてくださり、
プロバイダもメールアドレスも一新して……今日から。

アカウントやメールアドレスの変更登録なんかも
思っていたよりスムーズに進み、今こうしてブログを書いてる。

これからは家族に迷惑をかけることなく、
毎夜のようにネットサーフィンができるという訳だ。

ま、夢中になり過ぎて怒られないようにしなきゃとは
思ってるけど……。

でもね、自室でパソコンができるというのが
こうも嬉しいなんて(^^)……。
もう少し早く手続きすんだったな(--;)。
posted by 緑馬 at 19:04| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

忘れてはならんぞ!

白鵬のことばかり気にかけているように思われる
僕ではあるが(--)、実は今場所最も忘れてはならん力士がいる。

稀勢の里

昨日はあわやのところで踏み止まった。
鶴竜との一戦、土俵際でもつれ、結論は同体となり
取り直しに……。

取り直しの相撲は一方的に……。
稀勢の里がガッシリとマワシを掴み、一気の寄り。
ただ1人の1敗を守った。

2敗の力士が平幕にいたのだが、負けて3敗。
これで2敗の力士がいなくなり、1敗の稀勢の里とは
星2つの差になった(^-^)。

日本人力士の優勝は6年前の栃東まで遡らないと無い。
つまり現在国技館の天井に飾ってある優勝額は全て
外国人力士、特に引退した朝青龍か現横綱の白鵬が
大半を占めている状況。

意識はしていない、と云う稀勢の里だが……
やはり期するものはあるだろう。
相撲が日本の国技であるならば、やはりそろそろ
日本人力士が優勝して然るべきであろう。

本日を含め残り4日。
このままの差で進めば千秋楽を待たずに
13日目(金曜)か14日目(土曜)には優勝が決まる可能性は高い。
但し、稀勢の里にはまだ横綱・白鵬戦が残っている。
まだまだ気は抜けない。

posted by 緑馬 at 11:58| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月16日

気迫

VTRで観たが、昨日の白鵬の相撲は気迫溢れるものであった。
立ち合いは決して本来の形ではなかったが、
傷めている指のある左手でマワシを取ると
相手を僅か4秒足らずで土俵に追いやってしまった。

“久々にいい相撲がとれた。”

取組後、横綱は安堵した表情でそう言ったという。

白鵬が横綱になってから関脇以下に3連敗したのは
初めてだったという。
だから白鵬は……

“人に会いたくない気持ちだった。
でも気持ちは荒んでいなかった。”


苦しかったのだ。
ともすれば休場も已む無しという中で
横綱は決してその身を沈めることはしなかったのだ。

年6場所制になってから、横綱になってから1度も
休場したことがないのは、現役中に亡くなった玉ノ海と
白鵬の2人だけだという。

誇り。
気高き精神を胸に横綱としての責任感とプライドを
忘れずに正々堂々と闘う。
どんな困難に陥ろうとも不屈の精神で這い上がってみせる。
それが横綱というものだと暗に白鵬は示してくれている気がするのだ。

逆転優勝は望み薄の状態だが、
昨日の相撲を見る限り、千秋楽まで行くのは相違ない。
勝ち越しも問題なくクリアするだろう。

怪我をしても……弱音を吐かず、正々堂々と……
相手を真正面からがっしり受け止め、
気迫溢れる相撲を見せつける。
やはり白鵬は凄い横綱だよ。
posted by 緑馬 at 11:15| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

横綱と云えども……

まさかここまでになるとは……。
横綱が9日目にして4敗とは……
僕の拙い記憶に間違いがなければ、
横綱になってからの白鵬の負けが前半でここまで
込んだことはない。
全勝で来て、終盤で2敗するというのはあった。
それで優勝を逃したこともある。
しかし……。

今場所は違う。
何と7日目から3連敗、未だ勝ち越しすらしてない
白鵬って初めて見た。
初日に安美錦に負けた時はすぐに盛り返すだろうと
思っていたのだが……違った。
何かこう……相手の動きについていけてないというか、
がっしり相手を受け止めて万全の相撲をとる、という
白鵬本来の相撲がこの3日間まるで出来てない。

何かある……。
こんなに負けが込むなんて絶対に何かあると
思っていたら、今朝のニュースサイトでその原因が分かった。

左人差し指の剥離骨折

……骨折(--)……。
人差し指といえば、マワシを取る時には親指の次に
重要な箇所だ。そこが……骨折、しかも剥離……。
ニュースサイトによれば、初日の安美錦戦で負ったのだという。

本来ならその時点で休場のはずだが、
白鵬は休まなかった。
師匠の宮城野親方はこう言ったとされる。

“負けてはいるが、相撲自体は悪くはないので出場させた。”

更にニュースサイトによれば全治2週間、
やはり本来なら治療に専念して休場すべき重症である。
しかし横綱としての責任感からかプライドからか、
今日も横綱・白鵬は相撲をとる。
但し、宮城野親方の話によれば、今日の相撲次第では
翌日からの休場もあり得るという。

4敗しても、それでも横綱という名の誇りを糧に
土俵という闘いの舞台に今日も上がる白鵬。
無理はしてほしくない。確かに横綱のいない場所は
淋しさこの上ないものだ。
でも……まずは自身の身体の傷を癒してほしいと、
ファンとしては願っているのだが……。

もし今日仮に負けたら……横綱は自らに苦渋の決断を
下すのであろうか。見守ろう。
posted by 緑馬 at 16:16| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月14日

なんか……おかしいよ(--)

考えられないことが時として起きるものだと思った。

大相撲の横綱・白鵬が中日を終えてまさかの3敗目……。

……。

変だ。
足腰が強く、どんなに劣勢になりかけても
抜群の安定感を持ってそれを乗り越えてきた横綱。
それなのに……8日目で3敗とは……
今までこんなことなかったよ……。

普段あんなにどっしりとしている横綱の足腰が
何かバタバタしていて安定感に欠けている感じが否めない。
昨日だって、その前日だってそうだ。
相手をがっしりと受け止めて、ではなく、
逆に押し込まれてしまって簡単に土俵を割る、という感じ。

……。

横綱として何をすれば良いか、
それを白鵬は嫌と言うほど知っているはずだ。
とすれば……これ以上負けを増やさぬためにも、
ここはもう開き直って横綱としての役目を
しっかりと果たす以外に道はない。

でもね……。

負けた時の横綱の表情を見ると、どこか冴えない。
よもや休場する、とは思えないが……。
何とか立ち直ってほしいと思うのだが。
posted by 緑馬 at 08:55| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月12日

♪出ん出らりゅうば 出て来るばってん♪

でんでらりゅうば でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん

女優の仲里依紗さんが出演されているトヨタ・パッソのCMで
仲さん自身が唄っている歌の詞なんだけど……。

漢字で書くとこうなる。

出ん出らりゅうば 出て来るばってん 出ん出られんけん 出ーて来んけん

CMではここまでだけど、これには続きがあって……

こんこられんけん こられられんけん こーんこん

これを更に漢字で書くと↓

来ん来られんけん 来られられんけん 来ーん来ん

既に結構CMで聞いているんだけど、
てんで意味が分からんかったのよ(--;)。

ところがね、思わぬところからこの言葉の意味が
分かったのよ。それはね……

お母さん

僕がまともに唄えないのに、何故か母はスラスラと
この歌詞が唄えるのだ。
そしたらね……

“これ、長崎の方言なのよ”

母は熊本県出身だが、同じ九州ということもあり、
良くこの詞を耳にしていたらしい。
分かったところで唄おうとしたけど……ダメ(--;)。
なのに横で母は笑顔でスラスラと……

“♪出ん出らりゅうば 出て来るばってん 出ん出られんけん 出ーて来んけん♪”


って唄ってた……(--)。

ちなみに意味は……

出て行こうと思えば 出て行けるけど 
出ようとしても出られないから 出て行かないからね
行こうとしても行けないから 行くことはできないから
行かない 行かない


つまり、出て行こうとは思うけど、敢えて出て行こうとは
思わない。行こうとは思っているけれど
敢えて行くこともないから行かないんだって意味なのかな。

にしても……為してこの長崎の方言を使った唄が
トヨタのパッソのCMなんぞに?
posted by 緑馬 at 16:20| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月08日

乗客の安全を守る身として……

関越道のバス衝突事故。
既に発生から1週間近く経過し、
事故状況も被害状況も明らかになっているので
殊更大げさに論じるつもりはない。

しかし……。

僕も時々路線バスに乗ることがあるが、
その度に思うのはどうか無事に、ということ。
乗って「ああ良かった」じゃなく、
終点まで無事に着くこと、事故がなく
無事に着くことを常に願っている。
当然だが、電車の運転士や飛行機の操縦士同様、
バスの運転手も大勢の乗客の安全を守る義務がある。
だからこそ、運転手さんの体調は常にきちっと
整えてほしいと思うのだ。
居眠りなんてもってのほか。
ひとつ間違えば今回のような悲劇を生むことになり兼ねない。

このバスの乗客の皆さんもきっと
「乗れて良かった」とか「明日が楽しみ」とか
色々と思いを巡らせていたに違いない。
それが……数時間後には……。

……。

バスの運転手さんに限らず、大勢の乗客の命を預かる
使命を負った職業の皆さんに。
どうか心身共にしっかりと体調を整え、
しっかりとした運転で乗客を無事に送り届けてほしい。
当たり前の話かもしれないが、当たり前のことが
出来ない世の中になってほしくない。
僕たち乗客は半ば命を預けているようなもの。
その命を蔑ろにするような行為を決してしないでほしい。
いつでも安心して色んな乗り物に乗れるように……。
posted by 緑馬 at 17:39| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月07日

自分のために 津軽の農民のために(〜日曜美術館「大地の画家・常田健 〜箭内道彦が行く青森の旅〜」〜より)

昨日、Eテレ「日曜美術館」の午後の再放送で、
常田健という洋画家が紹介された。
クリエイティブディレクターの箭内道彦さんが
常田健の作品が展示されている私立美術館と、
常田健がアトリエとしてきた土蔵を訪れ、
常田健という画家が生きてきた道を探るという形で進行した。

18歳の時に地元を離れ、東京の美術学校へ。
そこからプロテスタントという思想に駆られた
集合体に興味を示したのだが、徐々に違和感を覚え、
20代前半で故郷に戻る。

常田健の故郷は津軽。
常田健の実家は農業を営んできた。
東京から舞い戻ってきた常田健にあった道は
画家と農業の両立であった。
しかし彼はそれを苦痛とは感じなかった。
当然の道だと、それが自分が歩き続けようと
決めた道だったから、画家と農業という
二足の草鞋を履くことを使命だと感じていたのかもしれない。

常田健は生涯売るための絵は描かなかったという。
普通、画家というのは自分の絵を認めてもらいたくて、
展覧会などに出品して世間に知ってもらおうとする。
しかし彼は生涯、故郷のためだけに、自分のためだけに
絵を描き続けたのだという。

常田健の絵を見ると、身体の隅々まで、その表情たるや、
絵から飛び出さんとばかりに生き生きとしている。
生きるために……絵を描く。
彼もまた農業をした。農業を直にやったから、
農業に勤しむ同志たちの気持ちを理解できたから、
田畑を耕す、農作物を育てる喜びを知っているから、
番組内に登場した絵が描けたのだと思う。

2000年に90歳で生命を全うするまで
絵を、津軽の農民の姿をありのままに描き続けた
常田健。
彼のアトリエには描きかけの絵がまだ沢山あった。
1つの絵に没頭するのでなく、1つ描いてはまた
描きかけの絵に向かう……。
自分のためだけに、津軽の農民のためだけに
描いた絵全てが愛しくて仕方なかったのだろう。

今も津軽の空の何処かで……
津軽の農民のために、自分のために絵筆を取っているのだろうか。
posted by 緑馬 at 15:59| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

「ほつれ髪の女」と「アイルワースのモナリザ」の魅力

先月28日、現在、Bunkamura ザ・ミュージアムで
開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」を鑑賞した。

今回の目玉は2点。
日本初公開となる「ほつれ髪の女」と、
世界初公開となる「アイルワースのモナリザ」。

「ほつれ髪の女」
同じくレオナルド・ダ・ヴィンチ作、
ルーブル美術館所蔵の「岩窟の聖母」のマリアの部分の
下書きとも言われる魅惑的な1枚。
右斜めに顔を傾け、優しい微笑みを浮かべた彼女に
僕は魅了された。縦・横共に30cmに満たぬキャンパスに
描かれているのだが、それが却って彼女の魅力を
余すところなく伝えている感じがするのだ。

「アイルワースのモナリザ」
“モナリザ”。これほど世界的に名の知られた絵は
他に見当たらないだろう。
以前日本に来日し公開された時にはそれは大変な
鑑賞者数であったと聞く。
この「アイルワースのモナリザ」は
近年、タイトルにもなっているアイルワース(英国)で
発見された、現在物議を醸している1枚。

何故か?

モナリザといえばルーブル美術館に所蔵されている、
レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作が世界的にも
有名なのだが、この「アイルワースのモナリザ」も
同じレオナルド・ダ・ヴィンチの作品と目されているのだ。
しかも……完成品としてでなく、1503年の未完成作としてでだ。
この作品をルーブル美術館のと比べると、
モデルの年齢が若いこと、背景が簡素であること、
両脇にある柱がはっきりと描かれていることが挙げられる。
僕はルーブルのを観たことがないので、はっきりとは
言えない部分もあるが、こちらの方が包みこむような
優しさが溢れているように感じる。
ルーブルのを40代くらいとするならば、
「アイルワースのモナリザ」は20代後半であろうか。

それに……鑑賞して驚いたのがモナリザの「数」だ。
モナリザの模写、若しくは似せて描いた作品の何と
多いことかと……。
でも、どれも「アイルワースのモナリザ」の魅力には
敵わないと感じた。
表情が硬かったり、瞳が威圧的だったり、
口元がきつかったり、という感じが多くの「モナリザ」には
見受けられる感じがした。

この展覧会には今月下旬に再度行くことにしている。
その時には先月28日鑑賞時に感じた情をまた自分自身に
見せることができたらと思う。
posted by 緑馬 at 13:25| 東京 霧| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

1992年4月30日

1992年4月30日 東京都・護国寺

あの日、流した涙を僕は忘れていない。
あの日、東京は大粒の雨が降っていた。

1992年4月25日、ある伝説のロックシンガーが
その若き生命を散らした。

尾崎 豊

その日の夜も雨だった。
彼はある一戸建て住宅のコンクリート壁に
上半身裸のまま凭れかかっているのを発見され、
病院に搬送されたが……助からなかった。

享年26

あまりにも突然で、あまりにも早すぎる死。

昨日、僕は先月28日に放送された「SONGS 尾崎豊」を
DVDで2度観た。
少年時代から、ほとばしる感情や内なる情熱を
放出させることを苦にしなかった人。
そしてそれを口に出すだけでなく、ノートに書くことで
己の心情を敢えて曝け出すことも厭わなかった人。
同年代の僕よりずっとずっと大人で、
ずっとずっと心の中が少年のままであった人。

だけど……。

淋しかったんだろうなって思う。
誰にも己の昂ぶる感情を上手く伝えられずに
淋しかったんだろうなって……。

僕はある本を手にした。
彼が遺した創作ノートに記された言葉を掲載した本。

NOTES: 僕を知らない僕 1981-1992 [単行本] / 尾崎 豊 (著); 新潮社 (刊)

まださすがに全文を読める勇気はない。
でも所々でふいにページを開くと、そこには
尾崎豊という唯一無二の人が確かにそこにいたという
証を示してくれているように思える。

1992年4月30日、東京都・護国寺で行われたファンへの
追悼式には雨の中、実に4万人ものファンが詰めかけた。
僕はこの模様をワイドショーの中で観たが、
皆、声にならぬ声を天国にいるその人に
伝えようとしているのが手に取るように分かった。

……尾崎さん、聞こえていましたか?
ファンの叫び声が……ファンの悲しみの声が。
あの日、東京は土砂降りの雨が降っていました。
それはまるで夭折したあなたを悼むファンの涙のように
思えてなりませんでした。

あれから20年、僕はやっとこの人の凄さを知りつつある。
でもやっぱり……あの日、生きていたら、という思いが
何処かで存在しているのは紛れも無き事実。
 
posted by 緑馬 at 10:22| 東京 雨| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする